大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(行ツ)84号 判決

大阪市東区伏見町二丁目七番地

上告人

廣芝産業株式会社

右代表者代表取締役

廣芝義賢

右訴訟代理人弁護士

上辻敏夫

中村嘉男

大阪市東区大手前之町

大阪合同庁舎三号館

被上告人

東税務署長

福田守

右指定代理人

高村一之

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五〇年(行コ)第三二号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和六一年三月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上辻敏夫、同中村嘉男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林藤之輔 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

(昭和六一年(行ツ)第八四号 上告人 廣芝産業株式会社)

上告代理人上辻敏夫、同中村嘉男の上告理由

本件についての上告理由は、法令適用の誤りであり、その骨子は上告人が原審昭和六〇年一二月三日付準備書面に述べたところにより明らかであるので、これを御参照賜り度い。

原判決は、上告人が右準備書面に詳述したものを全く無視し、審理不尽も甚だしく、軽々に控訴を棄却したもので、事実上、法律上重大なる誤りを犯している。

原判決は、これを一瞥しただけでも「控訴審の権威と責任」を全く放棄したものと言う外なく、判文中広芝義賢のことを「広芝義憲」と誤つて最後まで気付かない杜撰さには憤りさえも感ずるものである。

以下、本件上告理由を前記準備書面及び原判決の記載によつて詳述する。

第一点 原判決には、法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

一、租税債務が成立するためには、納税義務者と課税物件との間に帰属関係が認められねばならないところ、上告人には、本件につきこの帰属関係がない。原審は、右帰属の限定を誤り、特に所得課税について重視されるべき「実質課税の原則」(法人税法一一条-所得税法一二条-)に違反していることが明らかである。この点を事実に則して順次述べる。

二、本件建物を上告人より借受け、これを島久薬品株式会社(以下、島久薬品という)に転貸し、島久薬品より賃料(転借料)を受け取つていたのは、広芝義賢であり、上告人は直接島久薬品に貸与して賃料を受け取つていたものではない。賃料(転借料)所得の帰属は、広芝義賢にある。

1.当初、本件建物を上告人より賃借しこれを島久薬品に転貸して賃料を受け取つていたのは、大阪貴金属化工株式会社(以下、大阪貴金属という)であつたことは、何人も争いのないところである。

2.大阪貴金属は資本金五〇万円の小会社でしかも全株式は広芝義賢が所有している同人の個人会社と言うべきもので、その存続及び継続・消滅は全く広芝個人の意思通りになる性格のものであり、会社に利益があればその総てが同人に帰するものであつた。その様な状態の下に島久薬品より支払われる転貸料は大阪貴金属の収入-実質は広芝個人の収入-となつていたものである。

3.大阪貴金属は昭和四九年一〇月一日商法第四〇六条の三により解散したものと見倣され結局消滅したが(商法第四〇六条)その結果本件転貸借関係はどの様になつたか。

大阪貴金属は清算手続をせず、その代り上告人と広芝義賢との関係を維持した。本来なら、その後大阪貴金属と上告人との賃貸借(原賃貸借)を終らせ、上告人と広芝義賢との間に新しく賃貸借契約をすべきであつたかも知れないが、大阪貴金属が前項の如き広芝義賢の個人会社であり、その事業についても変化なく本件賃貸借関係が残存したに過ぎないものであつて、会社が消滅しながらなお上告人と広芝義賢との関係として続けられており、このことは上告会社の代表者も広芝義賢であつたという特殊な関係によるもので、本件転貸借をこの様に上告会社と広芝義賢とによつて引きつがれたものと見ることは物事を極めて自然に見たものと信ずる。

ここで上告人と大阪貴金属との関係を全く無視し、これを抹殺して上告人と島久薬品との直接の契約と見るが如き事実上、法律上の根拠は全くない。現に、上告人と(株)内田洋行との間では賃貸借契約が結ばれ、この旨の書面が存在するのに、上告人と島久薬品との間には賃貸借契約書などはなく、直接の契約関係を表す書面もないのにもかかわらず(むしろ、乙第三号証、第四号証は逆の書証)、原審はこの様な事実を看過して上告人と島久薬品とが直接の賃貸借関係とみる誤りを犯している。

4.上告人と大阪貴金属との間に於いて賃貸借の終了、即上告人と島久薬品との直接賃貸借に変わる、という転貸借については、両者間に全く何らの話し合いもなくその様な証拠もなく、両者の関係は全く従来の通りであり、その関係が消滅するというが如きは全くあり得ないのである。

広芝義賢としては、上告会社代表者、大阪貴金属代表者、それに島久薬品の会長としての地位にあつたので、上告人と大阪貴金属-引いて島久薬品との関係も-大阪貴金属及び自己の利益等を考え右の如く大阪貴金属の地位をそのまま自己の地位として処理をしたものである。

5.大阪貴金属解散後、上告人と島久薬品との間において大阪貴金属(実は広芝個人)、上告人と大阪貴金属、島久薬品間の賃料の改訂、値上の交渉は相当多回数であるが、その何れも広芝義賢が当事者として行つたもので、島久薬品と上告人との間に行われたことは一度もなく、島久薬品は上告人より賃料の領収証を受領したことは一度もない。すなわち、島久薬品が支払うべき賃料、並びに上告人が受領すべき賃料は、両会社の経営状況を勘案して、専ら広芝義賢個人の収支計算のもとに同人の意思において決定されてきているもので、上告人会社と島久薬品との直接の交渉によるものではない。この点は、重大な要素となる。

6.原判決は第一審判決の「その後現実に原告自身において使わず」(原判決はこれを一四枚目裏七行目と指摘するもその箇所にこの様な記載は全くない)というのを「直ちに株式会社南都銀行大淀支店の訴外広芝義憲名義の当座預金口座に振り込まれ、その後現実に原告の営業の用に供されず」と説示を変えているが、ここにいう「広芝義憲名義の口座」というも誤りなら、「その後現実に原告の営業の用に供されず」と説示を変えるのも意味が不明である。

「原告の営業の用に供され」なかつたのは、言い換えれば広芝義賢の収支計算の下になされた同人の所得帰属という事実を如実に物語るものといわねばならない。

以上の如く原判決は明らかに法令の適用を誤りそれ故に事実を誤認し、結論を誤つている。

第二点 原判決には採証の誤り(理由不備)および審理不尽の違背がある。すなわち、乙第七号証及び乙第八号証ノ一乃至一五について原判決は理由三において第一審判決を援用し、乙第七号証及び乙第八号証ノ一乃至一五にも「三国産業株式会社」又は「三国産業」と記載され、本件賃料は三国産業(株)に支払つていることを意味する記載があると言う。

しかしながら、次のとおりである。

一、乙第七号証は本件訴の提起後東淀川税務署長の要求により島久薬品の代表者小倉陽が作成したもので、多分に税務署の意思介入があるものと考えられる。

二、原判決は右理由三において乙第七号証の冒頭に「三国産業(株)への家賃支払の件」と題されている点からみても本件賃料は上告人に支払つて来たことを疑う余地はないと言う。しかし、島久薬品としてはこの支払は三国産業(株)(上告人の前身)所有の建物の賃料の支払であることに間違いないもので、そのため三国産業(株)への家賃と記載したものに過ぎず、この金員は全部広芝義賢に渡している。三国産業(株)へ支払つたことは一度もないのであるから、右判決の言う様な三国産業(株)への家賃の支払という記載を捉えて右の如く論ずるのは間違いである。この記載から、直ちに上告人に課税したものとすると、まさに形式だけをみる表見課税であつて、実質課税の原則にもとるものであることが明白である。

文中「家賃は毎月三国産業(株)社長且つ又弊社代表取締役会長の広芝義賢氏に渡していた」と記載してあるけれども、本件の事実関係の下においては、右は上告人会社の社長を兼務するところの広芝義賢個人に直接支払われたと読むべきものである。

ことに、島久薬品の代表者小倉陽は本件のこと、すなわち広芝義賢の関連三会社(上告人会社、大阪貴金属、島久薬品)における立場と広芝個人が長年に亘り島久薬品への転貸人として自己の収支計算の下に賃料を収受している事実を十分承知しているのであるから、本件家賃を三国産業(株)へ直接支払つた等という意味のことを書く筈がないのである。

三、乙第八号証ノ一乃至一五について

これらの文書の宛名は全部広芝義賢であつて三国産業(株)に宛てた文書は一通もない。これによつても、本件家賃の支払が広芝義賢に対して為されたことは一点の疑いの余地もない。

繰り返すが、文中三国産業(株)とあるのは、建物が同会社の所有でその家賃というだけのことで、家賃の受取人が三国産業(株)であるという意味ではない。

こんなことは、原裁判所が審理をするつもりになれば一挙手一投足のことであるのに、文書につき表現的な解釈に拘泥し、真相を見極めようとせず、この点について上告人が重要証人として証拠申請をした谷正仁(税理士)の証人申請を退けて了い、上告人の人証によるこの点の立証申出をすべて却下したのは、甚だしい審理不尽という外ない。

四、乙第二号証の一乃至三について

第一審判決は島久薬品の法人税の確定申告の賃貸人、及び賃料の支払先が実際には広芝義賢であるに拘らずこれを誤つて原告(上告人)と記載というようなことは、余程の事情がない限りあり得ないと強調し、原判決はこの考えをそのまま受けついでいる。しかし、右確定申告書はどこまでも島久薬品の法人税の確定申告に過ぎず、この記載の如何によつて本件の賃貸借関係が確定されるというものでないことは明らかなところである。

貸主の名称が三国産業(株)と記載されているとして、本件建物の所有者で、かつ、(株)内田洋行に対する貸主が三国産業(株)であることに相違はなく、島久薬品としてこれを安易に考えて貸主の名称をそのまま三国産業(株)にしたものであるが、この表示の誤りには無理からぬ点があり、逆に、この誤記につき本件建物の所有関係及び利用関係からみて、これを許容されてしかるべき「特別の事情」があつたものというべきである。

五、要は、表示ではなく、実体であつて、広芝義賢が島久薬品への転貸人たる地位において賃料を収受し、一部を自己の収入とし、残部を上告人会社へ納付していた事実関係は、長年に亘るもので、本件課税の対象年度に限らない。

そして、広芝義賢の立場は、上記関連三社を代表する立場であるから、各会社の収益状況に応じて、いつでも賃料額の増減を左右しうるものである。しかし、毎月の賃料額そのものの支払については、一部を不正減額するなどして所得の隠蔽や回避行為などは全くなされていない。その点は、公明正大である。公明正大に、いわゆる「差額」(第一審判決別表(三)〈7〉)を広芝義賢において長い間所得している。このような事実関係は、当事者間で慣行化されてきたものであつて、もし、更正処分を受けるものとすれば、広芝義賢個人が受けるべきものである。広芝個人に対してならば、納得するが、上告人に対しかかる処分を受けることについては、どうしても納得できないものがある、と上告人は終始主張してきたものである。第一、二審は、ことの実体を見誤り、実質課税の基本原則を看過した重大な誤りがある。

以上

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